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2016年4月1日金曜日

アメリカの大学の研究室で1か月研究できる機会があったのでまとめておく

1.なぜ行ったか

申請してみたら当たった.
巷では,「ハーバード」「スタンフォード」「MIT」などという文字列を含んだタイトルの書籍がベストセラーとして山積みになっていて,「日本はダメだから海外に出ていきましょう」という思考停止フレーズが書いてある.最近では学校側も,留学にみなさん出ていきましょうみたいなことをやっているが,説明会に行ってみれば皆テストの攻略法の話しかしていない.みんな何をしに行こうとしているのかいよいよ分からなくなってくる.みんな「留学」といういい感じの響きの言葉に踊らされているのではないだろうか?それともテストの達人にでもなりたいのだろうか? もちろん留学自体は視野を広げたり,海外にコネクションを作ったりするには良い手段であるとは思う.しかし,長期の留学となった場合,海外で学ぶ事のメリット・デメリットと日本で学ぶ事のメリット・デメリットをちゃんと天秤にかけなければ,「留学は良いことなのだ」と思いこんだ蛙が井の中から飛び出しても,実は大海だと思って飛び移った先はもっと狭い井の中だったということになりかねない.つまり,「留学は良いことなのだ」という考え方自体が「井の中の蛙」的な考え方になり得る場合があってもおかしくないということだ.「自分は○年も留学したから偉いのだ」と態度だけが大きくなったところで何の意味もない.自分が将来どうなりたいのかに合わせて最良の選択肢を選ぶのが賢い道だろう.今回の留学の目的は,アメリカは本当に「最良の選択」なのかという問の答えを探すことである.
(※以下,「最良の選択」とは,研究者の卵として大きく成長するために適した選択と定義し話を進める.)

2.何をやったのか

実際に研究室に入り込んで,プロジェクトをやる.人によるが,自分の場合はいくつか研究トピックのプロポーザルをあらかじめ指導教員に送っておいて,どれか一つ受け入れ先が都合のいいものをピックアップして貰ったような感じ.今回関わったのは化学,物理,機械工学の複合領域の共同研究プロジェクトで,どれにも首を突っ込んだことがある自分にとっては動きやすいフィールドだった.1か月間なので,成果を出すつもりは無かったが,運よく論文の一部になりそうな結果が得られた.日本で研究していた時と同じスタンスで,アイディアを形にするためなら誰にでもディスカッションを挑むようにしていた.自分の研究活動や,研究室内での雑談の様子からいろいろなものが見えてきた.

3.実際のところアメリカの大学院ってどうよ?

今までに個人的に見学or生活したことがある他の日米大学の研究室とも絡めて話す

個人的にこれは誤解だろと思っていること

(※筆者の専門分野の関係で話が材料科学の領域に偏る.その他の領域についてははっきり言って知らない.宇宙工学やコンピューター科学はアメリカの評判が良いと聞くけどよくわからない.)

・アメリカの大学院は給料が出るから日本より良い
日本にも学振DCや給付奨学金,リーディング大学院など,生活できる程度のお金が貰える経済支援システムがある.全員が通るわけではないが,これらに通るレベルの努力ができない日本人がファンディング付きの留学に行けるとは思えない.あと,アメリカの方が給料が高いという話があるが,物価を考えると大差ない場合が多い(と,日本の学振とアメリカ院の両方を経験している人が話していた).奨学金が無いアメリカの大学院生は結構貧困.

・アメリカには世界の優秀な頭脳が集まっている
悪い意味でとても院生とは思えない超低レベルな質問を見かけることが多々あった.もちろん優秀な人もいるが,日本にも優秀な人はいる.そしてダメな人もいる.

・アメリカの設備は良い
型番が全体的に古い物が多かった.数も少ないので順番待ちしていて研究が進まないといっている人をよく見かけた.テクニカルスタッフが常駐していて,困ったときに助けてもらえるというメリットはあるが,自分はトライアンドエラーのサイクルを速くしたいタイプの人間なので,デメリットの方が大きいと思っている.

・アメリカは予算がたくさんある
一見,トータルで多そうに見えても,人件費に多くが割かれるので残った部分を考えると日本の方がリッチな場合が多いと思う.ちょっとした部品を買うのにも一苦労.みんな結構イーベイで買い物をしていて,最初見た時は目を疑った.一方で,ものすごい予算を持っているところもある.日本にもそういう研究室はある.あと日本のように講座制を取っていないので,日本のように教授と准教授などが力を合わせて,各自の名前で各方面から複数の予算枠を取ってきて,合算すると大きな額になるというような技が使えない.特に新任の助教の研究室は助けてくれる人も少なくて本当に大変そう.

・アメリカの博士卒は就職に困らない
少なくとも私が周りで見かけた人たちは,就職に関して結構苦労していた.もちろん優秀な人はすんなり決まっていたっぽい.日本もそうだと思う.

・アメリカの大学院では結果を出していないと博士が取れない
結果を出していないのに博士をあげている時点で,その研究室は問題アリ(数十年がかりの素粒子実験プロジェクトなんかだと話は変わるが).実は日本にもアメリカにもそういう研究室はある.普通は論文を数本出すのが博士取得の目安で,国は関係ない.日本にも結果が出るまで博士を出さない方針の研究室はいくつもある.

・アメリカの大学院生はすごく勉強しているから知識が豊富
課題が多い分取れる授業が少ないのと,東アジアの大学に比べてスタートが格段に遅れているので,苦労して勉強しているのだろうけど,一部のちゃんと自習している人を除いて,知識が豊富だと思うことはなかった.どんな授業があるのか聞いてみたが,日本には無い良さそうな授業もあれば,日本でそれをやったら100%新聞に載るだろう(悪い意味で)という授業もあった.個人的には,授業を受けるより自分で本などを読んで勉強する方が自分のペースでできるし一番効率が良いと思っている.その領域のアウトラインが知りたかったら,Youtubeで検索すれば大体の分野の英語の授業のビデオが上がっているのでそれを使えばいいと思う.質問があったらその先生にメールすればいいと思う.(ビデオをUPするような先生は基本的に教育にものすごく力を入れている人なのでちゃんと答えてくれることが多い)結局,このインターネットが発達した時代,どの国でも自分で努力している人がたくさん知識を持っている.

・アメリカの大学院に来たら英語力が上がる
みんな研究で頭の中で考えるときは母国語なので,英語に浸っている時間は必ずしも多くなるわけではない.私の場合,日本では留学生と組んで実験をする機会が多々あったため,日常的に英語を使う機会が多かったが,アメリカに来てからはPCに向かってプログラムを書いている時間が多くなったため英語力が少し落ちた.英語伸ばしたかったら自分で勉強するか英語学校にでも行けばいい.

・実験の準備などを他のスタッフがやってくれる
最近巷でアメリカや中国では薬品の調合をやってくれるスタッフがいて,日本はダメという話が出回っているようだが,私は,学生は時間がかかってでも必ず手を動かすべきだと思う.設備や実験手順のテクニカルな細かいところまで分かってない人は,イレギュラーな場合に対応できないし,学会発表や論文投稿で必ずボロが出るし(そういう人を見かけることが結構ある),将来指導する立場になったときに現場で行われていることについていけなくなる.正直言って実験やその準備の代行は悪い部分の方が多いと思う.

良いところ

・3年生以下の学部生が積極的に研究しに来ている
私も大学の研究室に入る前から大学付属の研究所の研究室等に出入りして研究を行っていた.積極的な学生は教授たちにとっても好印象なので,受け入れてもらえることが多いが,日本でこのような制度(?)はほとんど知られていないように思う.一方アメリカの大学では,すべての大学ではないが,学部生の研究活動への参加を促しているところが多々ある.知識が無いのに何をやるのだろうと思うかもしれないが,基本的には院生のお手伝いをしながら勉強するような感じである.既に流れが出来ているので,あとから入ってくる新入生にとっても参加の障壁が低い.別に日本でできない事ではないので,研究に興味がある研究室配属前の学部生は,早いうちから積極的に研究活動に少しずつ参加していく事を勧める.(もちろん授業で基礎中の基礎を作るのが最優先)

(4)大事なこと

今回アメリカで研究してみて,日米どちらが「最良の選択」なのかを国で区別するのはナンセンスだなと思った.最終的に自分が得た結論は,究極的にはどこの国でもいいから「いい指導教員のいい研究室で修行しましょう」という一言に収まる.

個人的に思っているいい指導教員のいい研究室の基準

・興味のある研究テーマがある
当たり前.じゃないとモチベーションが保てない.

・悪いうわさが立っていない
これが一番大事かもしれない.特に内部の人たちから悪い噂が立っている研究室は本当にヤバい研究室であることがほとんど.口コミは大事.必ず研究室見学には行って,必ず教員の見ていないところで内部の学生と話をしてみること.実際に,ホームページ的には良さそうでも,見学しに行ってみたら研究室の学生全員から「第一希望でうちに来ちゃ絶対ダメ」と言われたことがある.

・教授が定年間際じゃない
まず,当然だが定年まで5年無いのにそこで博士まで進学しようとするのは無理(良い准教授が下に控えているなら良いが).有名な教授を探そうとすると60歳くらいの人が引っかかることが多々ある.年を重ねれば実績もその分多くなるので業界で有名になるのは割と当たり前.50歳以下の時点で有名な人は有能な教授だと思う.

・教授のことが嫌いじゃない
人間誰でも好き嫌いがあります.研究テーマが良くても,話をしてみた時に人として相性が悪いと感じたらやめた方が良い.

・予算が多い
特に実験をやる研究室は予算が多いほど,装置を買ったり,高価な薬品を扱えたり,いろいろなことが出来る.実験系じゃなくても,学会に出たり,論文を投稿したりするだけでそこそこお金が飛ぶので,お金があるに越したことはない.簡単な予算の調べ方は「(教員名) 科研費」でググること.どれぐらいの規模の科研費が入ってきているのかが書いてある.予算が取れていない研究室もすぐわかる.(科研費だけが研究費の調達先ではないので一概には言えない.JSTや企業との共同研究などの予算もあったりする.)日本以外でも,研究費の規模は公表されているものが多い.(NSFなど) 予算をちゃんと取ってきている教授の研究プロポーザルの書類やプレゼン資料を見せてもらうと凄く良い勉強になる.

・博士課程の人が多い
残りたくないような研究室には博士課程の学生はいません.ヤバい研究室だから博士がいないのか,単純に企業等に就職したい人が多かっただけなのかは見学に行って見極めた方が良い.院試で学部生が毎年全員消えるような所も要注意.専門性高い人材が多い研究室では,いろいろなプロジェクトが同時に動いていて,いろいろな分野の話を聞くことが出来るので知識の幅が広がる(自分の研究テーマの領域に閉じこもるか周りもちゃんと見て勉強するかは本人の気持ち次第.).

・留学生が多い
留学生がかなり多い研究室は,世界的に有名な研究グループだったりすることが多い.海外とのコネクションも多いので,国籍関係なく共同研究を行いやすい空気がある場合が多いように思う.あと,単純に多様性ある環境は楽しい.外国語の勉強もできる.

・ちゃんと論文投稿や学会発表をやっている
大学の研究室は研究を通して学生を責任もって教育する場所.人数のわりに外に結果を全く出せないような研究室は何かしら問題を抱えていると思う.あと,院生が第一著者の論文がちゃんと出ていることも大事.学生と教員がちゃんとディスカッションを重ねていないと,学生がジャーナル論文を書くのは本当に大変(とくに初めてファーストで書く論文).論文執筆の指導がされてない所だと多数の論文の第一著者が教員名になっていたりする.

・質の良い論文が出ている(質の悪い論文を量産していない
論文を読んで,質が良いか悪いかを判断するのは研究を始めたばかりの人には厳しいが,もし見分けがつくなら,この基準も結構使えると思う.教授の科学に対する真摯さや,センスの良さが問われる部分.(質が悪い論文というのは理論の仮定が根本的に意味不明だったり,考察がしょぼかったり,どんな心の目を使っても引けないような直線がグラフに引いてあるようなものなどを指す,と筆者は思っている)見分けがつかないなら分かる人に聞くのもアリだと思う.

以上,長くなったが,学部生生活最後に良い経験が出来た.
何でも世の中疑ってみると意外と面白いものである.


ご意見や追加情報がある方,大歓迎です.
(※あくまで私の考えなので,異論はあって当然です)